たまの休日だというのに予定を立てていなかったのでダラダラしております。
ご飯の準備がめんどくさい・・・。
最初のブログは今はなきYahoo!ブログで、なんだかんだで5年位は続けたものの収益はさっぱりで、サービス提供の終了と共に一旦ブログからは撤退しました。
現在こうしてブログを再びやってみて、その頃の経験は無駄になっていなかったなぁと感じることもあれば、改善していない点もあって、まあボチボチといったところです。
30代までほとんどまともにパソコンを使えなかった私であります。
前職を退職した際にハローワークを介してパソコンを習いにいって、ワードとエクセルとパワーポイントを教わってきました。
大人になってから学校に通うのはなんだか楽しかったです。
自分に欠けているものを感じながら働いていたので、一旦足を止めて学び直すのはとても有効でした。
学校に通いながら資格や検定を取ったりと、時間を有意義に使えた時期でした。
新しい職場に移り、短時間勤務と家での内職でどうにかこうにか食いつないでおります。
副業はなんだかんだで私には難しいものでした。
ブログは散々な結果に終わりましたが、ポイ活やアンケートの方は性に合っていたのかそれなりに稼げました。
特にポイ活は1回限りの案件を1周するところまでは誰でも一定の額は稼げるので、最初の数年はとても助かりました。
結果の出ないブログ、父が亡くなる、コロナ・・・と生活環境の変化に対応しきれずに燃え尽き気味になってしまい、それでもなんとか数年間は踏ん張っていたものの、昨年あたりにポッキリと折れてしまいました。
外での仕事はなんとかこなすものの、副業の方はストップしてしまいました。
それまで楽しかったものにも興味を失い、典型的な鬱の入口に立っていました。
サッカーもあまり見なくなってしまい、音楽もあまり聴かなくなっていました。
カウンセリングを受けてみようかなと考えたこともあるのですが、周りに経験者を見つけられず、参考になるものもなく、足が進みませんでした。
行っていたひとがいたとしても、あまりこういうことを自ら大っぴらに言うひとはいないでしょうから、実際はいたのかもしれませんが。
この頃はどうにかこうにか精神状態も持ち直して、週末には出歩いて楽しんでみたり、いろいろあっても前向きに捉えてみようと思えるようになってきました。
先日たまたまマーロン・ブランドの生涯についての記事を目にすることがあって、あんなスターもいろいろあるのねと興味深く読みました。
幼少期の家庭環境からの影響は根深く残るものですね。
長男長女や一人っ子などならいざ知らず、私のように貧乏人の三男坊なんて家庭というストーリーのなかでは全く重要でない役だと深い部分にこびりついております。
無価値感とか自己肯定感とか自己受容とか、あれこれと見ていく中で知りましたが、どれこれも自分にはしっくりくるものがありませんでした。
なんなら受け身の姿勢が悪いのだと断罪してくるものまであって、時にうんざりすることもありました。
小さな幸せとか感謝とかこういうのも全然響きませんでした。
■読書をしましょう→より孤独感が増します
■運動しましょう→活性酸素がたまるとなお良いです
■日に当たろう→南半球だとなお良いです
■とにかく行動しよう→自分の空っぽさをより知れます
おじさんになるとすでにけっこうあれこれやっているので有効なものをさがすのが難しいです。
ピンとこないものを打ち返しているうちになんだか楽しい気持ちになって、ぼんやりしてきていた自分の枠がくっきりしてきたので、何でもとことんやってみるものですね。
痛かったり怖かったりがなければ、今この瞬間にもポンと消してくれて一向に構わん、と子供の頃から変わらずに思い続けているのですが、霊魂は消えない的なおっかないことを言うひとがいて嫌になります。
どうせ消えるのであれば霊も肉もきれいさっぱりとお願いします。
そういえば大昔に「霊魂の不滅」というスウェーデンの映画がありましたね。
20世紀の名作はけっこう見ました。
「月世界旅行」からちゃんと映画の歴史に沿って見ていた時代もあります。
なんだかんだで最近はどうにか持ち直し、その日の疲れは心身ともにその日のうちに可能な限り癒やすのがいいのではないかと思うのです。
はいはい生きます生きます、とめんどくさがりながらもどうにかのらりくらりとやっていこうかと思うのです。
それではまた。
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